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にじますカップとは
初レースのトラウマ
カヌーを始めて間もない頃、初めて参加した県外の大会で、練習中や開会式の会場で周りは誰も知り合いがいない孤独感に際悩まれた。
大きな瀬の前で腕組みしている上級者らしい人を見つけ「この瀬はどう攻めたらいいんでしょうか?教えてください。」と尋ねたら無言で「キッ!」と睨みつけられ萎縮してしまった。勝負の世界のぴりぴりした雰囲気は嫌だと感じた。レース本番は何時スタートしたのか分らないほど緊張していて結局レース本番もこの瀬で「チン脱、記録なし」の結果に終わった。
レースに昼食は無く閉会式の時間までどこか食べ物屋を探すが、地の利が無くてこずり、やがて閉会式の時間になり、結局空腹のまま閉会式に参加した。
閉会式は当然上位入賞者に賞状や商品が沢山振る舞われる。「チン脱記録無し」の自分は、ただ彼らに拍手を送るだけ。
更に協賛メーカーから提供された参加賞が選手全員に配られたが、主催者の手違いで自分には何も回って来なかった。本部のスタッフも「悪りーっ悪りー!無くなっちゃったよ!」と軽く言われてしまい。いくら不可抗力とは言え、何時間もかけてこのレースに参加して、これままではとても納得できないので、本部に行き「せっかく長野県から来たのだから何かくれよ!」と言おうとしたが「チン脱、記録無し」の自分にそんな事を言うのは何だか場違いな「会場の雰囲気」だったので、結局諦めた。
閉会式が終わって他の選手は仲間同士で大会の余韻にひたり楽しそうにあちこち会話の花を咲かしていたが、遠くから参加している自分は早く帰らないと翌日からの仕事に影響する。
もうその時は、すきっ腹と何も貰えなかった空しさと誰も知り合いがいない孤独感から「早くこの場から逃げ出したい」気持ちだけだった。
それからこのレース会場のある町には自分は久しく寄りつかなかった。何年かして再びここを訪れたとき「へぇ、いい町なんだなぁ!」と、この町の素晴らしさを再認識する事が出来たが、あの時はレースに出た事がきっかけで、会場の川も町も風景も住んでいる人さえも全て嫌いになっている自分がいた。
帰りの道中は試合の疲れも重なり辛い運転となった。今のように高速道路も無く本当に遠く感じた。車を運転しながら「何故自分はこんな惨めな思いをするために、こんな苦労してやってきたんだろう?もうレースなんか絶対出なてやるものか!」と真剣に思い、あることを考えた。
全ての人間が、望む体躯や才能を与えられるとは限らない。スポーツをしたことがある人ならば、あともう少し自分の背が高ければ、あともう少し反射神経がよければ、と悔し涙にくれた人も少なくないと思う。どこの小学校、中学校にも、何人かは天賦の才能、恵まれた体躯に溢れてグラウンドで輝く人達がいた。そんな才能に恵まれた人達の、さらにその中のほんの一握りの人間がプロのスポーツマンとなり、その素晴らしい才能を惜しげもなく衆目に披露し、観客はその美技に熱狂する。
だが、小学校や中学校のグラウンドに多かったのは、自分を含め、むしろ体躯にも才能にも恵まれず、「舞台」の後方にぼんやりと立たされ、優れた運動能力を持つ人達に嬲られるようにして地面に叩き付けられ、端に追いやられ華やかな活躍シーンを演出するために存在するような子供ではなかったか?
彼らには大会を楽しむ資格も権利もないのか? そんな事は決してない!
でも、きっと主催者はこんな「その他大勢」の気持ちなんて、分ってくれないんだろう。遠くから参加する人間と地元で試合慣れした人間とでは明らかに差が出ると感じた。
きっとこの大会の主催者は自分達が考えていないくらいの「レース嫌いパドラー」を過去大量に輩出させたのだろう。
「もっと自分みたいな下手くそでも楽しく気軽に出場出来る勝負よりも「楽しさ」前面に出したレースがあったなら。」その気持ちがにじますカップの根底にあると考える。
自分が選手だったら、こんなレースに出たい。
1 強い選手が集まるレースであっても、どこか田舎の運動会のようなほのぼのした楽しい雰囲気を維持し続ける大会 。
2 選手にとってレース会場は「生活の場がそこに存在している」と言う事実を主催者は常に自覚し、食事やトイレ水道等最低限の配慮をしてくれる。特に食事は可能な限りおいしいものを提供し参加選手の志気を高めてくれる大会。
3 家で艇を自動車にくくり、会場に行き家に帰ってくるまではその選手にとってレースである。多くの選手が気持ち良く家に帰ってもらい「来年も是非参加したい」と思ってもらえる大会。
4 初心者でもレース参加を決断し、スタートラインに立つまでのプロセスを評価してもらえるレース。初心者も上級者も競技中は同等であり、上級者が会場内で「肩で風切って闊歩」し、初心者が隅っこで小さくなっているような雰囲気を作らない。初心者は決して上級者を引き立てるだけの存在ではない。初心者は「沈脱したらどうしよう?」「多くの人々の前で恥をかいたらどうしよう?」という不安やプレッシャーに打ち勝ちスタートラインに望んでいるのであって、この気持ちはレースで優勝する事に等しい価値があると考える。そして、彼らこそ未来の上級者予備軍であり、ダイヤの原石である。上級者初級者相互の交流理解によって初級者がこの大会をきっかけに、より一層レースに参加してもらえるような暖かい雰囲気。
5 選手一人一人の個性を尊重し、選手の主張などを紹介し、会場が勝負以外に活発なコミニュケ−ションによる相互理解やカヌー以外の趣味がきっかけで「同好の士」の輪が広がるような大会。
6 映画「Big Wednesday 」ラストの方で、主人公が長年待ち続けようやくやってきた伝説の大波に挑むため海岸にサーフボードを抱えてやってきたとき、年月の経過や生活環境の変化でそれまで久しく音信不通状態でいた筈の、かつて青春時代の苦楽をともに分かち合った親友達が申し合わせたかのようにサーフボードを抱えて主人公を待っていた感動的なシーンがあったが、自分が人生の年輪を重ねたある日、またカヌーレースにカムバックしたくなって、レース会場に行ったとき、かつて共にレースで戦った懐かしい仲間達に試合会場で出会える。そんな大会。
和製アイスカナルとノンオフィシャル精神
最初明科町龍門渕公園前川を見たとき、自分は思わずドイツのアウグスブルグにあるアイスカナルカヌー人工コースを彷彿した。それまで隣の穂高町で仲間の主催するカヌーレースを手伝っていたが、そこが河川改修工事でレースの継続が不可能となり、明科町のアヤメフェスティバルの一環でレースが出来ないものかと役場にお願いに行ったら、意外にも一発で快諾を受けた。これがにじますカップの始まりであるとともに、今度はお手伝いから初めて主催という立場を任された。その時自分は初めて出場したレースで経験した「自分が選手だったら、こんなレースに出たい」レースを是非現実のものにしたいと考えた。
当初明科町でカヌー大会を催す事に対して積極的に協力してくれる人もいたものの、中には冷淡な態度をされた。自分では周囲の環境を含めとてもいい川だと思っていたが、第2回のとき開会前にレースにエントリーしていない元国体選手が突然現れ、コースを下見した後「全然大した川じゃ無いじゃん」みたいな捨て台詞を残して立ち去った。
また、ある競技者と話をしたとき、「自分は何時かこの前川が常設ゲートコースになって日本のトップ級選手と初心者が交流できる大会に成長して行く事を夢みている。」と話したら「こんなろくに瀬も無い狭い用水路に毛が生えた程度の川にいくらゲートを張っても、日本のトップ選手を招待するなんて彼等に失礼だ。絶対そんな事は出来っこない。」と頭ごなしに言われる。
他にも前川を「和製アイスカナル」と言ったら腹を抱えて笑われたり、明らかにこちらを見下したような態度で馬鹿にされる事が頻繁にあった。
その度「…あいつら、いつの日か必ず見返してやりたい!」という気持ちが強くなる。「田舎の草レースでも、その気になったらここまで出来るんだ。」「整備が進めば前川は必ず素晴らしいカヌーコースになる!」という事を絶対証明してやりたかった。
やがて、にじますカップは回を重ねるごとに参加選手は右肩上がりに増えていき、自分は密かに「自分の考えは間違っていない。」という確信がもてるようになってきた。
そして、にじますカップを続けているうちに前川で国体予選など他の大会も頻繁に開かれるようになり、ついには地元明科町議会が動き人工石が河川に投入され、流れに変化が出来た。ゲートも常設になり第7回からこちらが招待するわけでもなく、オリンピック経験者からNHK杯優勝経験者等、実質国内のトップ選手が次々とにじますカップに参加するようになり、ついににじますカップを始めた当初に味わされた「屈辱」を晴らして溜飲を下げる結果になった。だけどまだまだ「和製アイスカナル」の道は険しい。
また、大会が盛り上がるにつれ、オフィシャル団体やカヌーメーカーなどから景品提供やスポンサーの申し出があったが全て断り現在に至る。
唯一の例外として第7回より「キリンビール」社の協賛を承認しているが、これはキリンビール社がにじますカップだけでなくアヤメフェスティバル全体の協賛をしているためで、更には、にじますカップの実質的なクライアントであるアヤメフェスティバル実行委員会からの強い要望を受けて決断に至った。
地元明科町のためにカヌーは何かできないのか?
明科でカヌーツーリングをしていて多くの地元の人から「カヌーの奴らは平気で道や私有地に駐車されて大変迷惑する。」「釣りや瀬つけ漁の邪魔をされて地元漁協は損害を被っている。」「あいつらがいくら来てもキャンプ等で食料は家から持参してくるので全く町に金は落ちない。落としていくのはゴミとし尿だけだ。いっそ来ない方がいいんだよ。」等次々と苦言を受ける。
またアヤメフェスティバルの反省会で、一役員から「なんでよそ者(カヌー選手)達のために町の金を使って楽しませてやらなければいけないんだ!」という意見を聞き大きなショックを受けた。
明科町の犀川は大小様々なカヌースクールの講習会が頻繁に催されたり、夏にはたくさんカヌーが下っているので、自分は当初地元町民にはある程度カヌーに対してコンセンサスが存在しているものとばかり考えていたが、多くの町民がカヌーに対して不快感を抱いているのだと言う事実を肌で感じた。にじますカップは、この現状を打開するきっかけにしようと考え、今以上に大会の景品は地元特産品にこだわり「カヌーで町に金が落ちている。カヌーは町に有益な効果が現れているんだ。」という事を積極的にアピールする姿勢に専念した。
その数年後、レースの準備をしていたら、以前祭りの反省会で文句を言っていた役員がやってきて「疲れたろう、これ飲んで頑張ってくれよ。」と冷たい缶入りのお茶を自分に差し入れてくれた時には涙が出るほど嬉しかった。
賞状と特別賞
自分が何も賞をもらえずトボトボ帰ってきた初レースの経験から、普段賞状に縁のない選手にも極力多く賞状を渡し今後の励みになればと考え、可能な限りレースカテゴリーを増やし表彰者を増やし続けた。またこれにはもう一つの狙いがあり、選手が持ち帰った「明科町」の賞状を家に飾ってもらう事で、その賞状を見た選手の家族や知人と「明科町」の話題をしてもらえたなら、大会の主催者明科町のいい宣伝活動になると考えた。
また、チン脱者や何か目立った事をした選手や遠くから苦労してやってきた選手を救い上げ「また来年もこの大会に参加したい。」という気持ちを沸き上がらせる大会にするため「特別賞」にこだわった。その最たるものが「にじますカップ」である。
地元スタッフの育成
レースのお手伝いは当初地元若手街づくりクラブにお願いしていたが。今は町役場職員を中心とした有志にお手伝いしてもらっているのが現状。
もっと地元の人に積極的に手伝ってもらいたいのだが、過去地元婦人会や商工会など様々なところにこちらもスタッフをお願いをしてみるものの、快い返事がもらえない。
またアヤメフェスティバル当日は決して人口の多くない町の主だった関係者や志の高い人材はほとんど他のイベント等に駆り出されている状態で、皮肉にも町を最もアピールできる時期に最も戦力が不足する現状にある。
今後は地元に固執することなくネット等を利用して幅広く志のある人材を求め、層の厚い磐石な運営陣を構築するとともに、ボランティアでお手伝いい ただくスタッフ一人一人のにも、従来のような運営のほとんどを一握りのスタッフが抱え込んで、そこから一方的に他のスタッフに役割を与えていくような姿勢ではなく、スタッフ全員に参加ではなく参画していただけるような役割分担等を今後考えていきたい。
閉会式
第5回大会のとき、あるアヤメフェスティバル実行委員から「カヌーレースは過去カヌー関係者だけで開閉会式やレースが盛り上がっているような感があり、祭りとの融和性に欠けるので開閉会式は是非祭りのメインステージでやってもらえないか。」との依頼を受ける。
本音を言うと大会のスムーズな運営を考えると本部前で全てやってしまう方が楽なのだが、にじますカップがアヤメフェスティバルの一環である事を考えれば、この意見はもっともだと思ったので、開会式はレースの説明等あるため辞退して閉会式を第5回から始める。選手には好評で一般見物人にも評判が良く問題は無いと自分は考えていたが、これとて現状は「カヌー選手ばかりがステージで盛り上がっている。」との意見もあり、地元や一般見物人が引いてしまっている感がある。当初メインステージで閉会式を実施する目的を再確認し達成できるようスタッフから閉会式のプロジェクトチームを編成するなどの改善を積極的に実施して行きたい。
今後のにじますカップ
F1レースのような他所ではやっていない様々な試みを試す実験場にして、たとえば手作りカヌーのクラスを作るなど全国どこでもやっていない斬新な発想をこれからも築き上げ、様々な形でカヌーに係わっている人たちの存在にスポットライトを当て続け、毎年マンネリ化しないよう次々と時代に合わせて大会を作り変えしていきたい。
青梅の御岳杯がにじますカップのホームページのコンテンツを採用してくれたように全国のカヌー大会ににじますカップで試され培われた方式が受け入れられ、今後初心者が楽しめる大会がもっと増えていくきっかけになってもらえるようにしていきたい。さらにはこれらのレースがきっかけに本格的にカヌー選手を目指す初心者や年少者が掘り起こされ、彼らが国体選手やオリンピック選手に育って行ってくれる事を願う。底辺を広げなければ高いピラミッドは造れない。国内の選手層を広げていかなければいつまで経っても世界と肩を並べて戦える日本人は出てこない。
文責 大沢勇治 |