「虹色のカヌー大会」にじますカップの挑戦

古き良き時代はもう過去?

 皆さんがカヌーを始めるきっかけは何だったでしょうか?
 ビーパルや野田知佑氏の本を読んで…アニメ「あらいぐまラスカル」を見て…友達がやっていたから…などなど様々なキッカケがあったと思います。

 かく言う私も、高校生の時、部活で学校近くの河川敷をランニングしていた時、川面を気持ち良さそうに下って来たカヌーを、羨望の眼差しで眺めたのがキッカケでした。

 今から18年前、水の上から見た初めての風景は、自分が知っている川とは別の世界で、見るもの感じるもの全てが感動の連続だった事を覚えています。

 そして、まだそんなにカヌーが普及していなかった時代だったから、川や湖で出会う人達は、競技オンリーであろうが、ツーリングオンリーであろうが、釣り目的で乗っていようが、カヤックであろうが、カナディアンだろうが、ファルトボートであろうが、趣旨趣向や艇種の違いなんか全く無関係、お互い川で出会おうものなら、何十年も離れ離れになっていた「恋人」に出会ったかのような勢いで互いの所に漕ぎ寄って、挨拶し、情報交換をし、そのままキャンプも一緒になって、星空の下、焚き火を囲んでお互いの人生経験や将来の夢などを朝まで熱く語りあったものでした。

 その当時出会った人達とは、10年以上経過した今も友達として付き合っている人が多く、日常生活の中では決して出会う事の無い、個性的且つ魅力的な人たちが多く、カヌーそのものもさる事ながら、その人達が自分の人生に様々な影響を及ぼしてくれることが、楽しく素晴らしくて、言葉では表現できない充実感があったのです。

 しかし、カヌーの世界もバブル景気の勢いに乗り、様々なメディアに取り上げられるようになり、カヌーをする人も増え続けて、カヌーの専門誌まで出版されるようになって行きました。

 それに伴い、昔のようにカヌーに乗る行為そのものを奇人扱いされる事が無くなってきた反面、私の目には、かつてのカヌー乗り同士の連帯感や、カヌーに乗っているというだけで、すぐにお互い打解け友達になれた、あの素晴らしいバリアフリーの世界が段々崩れていくのが感じられました。

 川で出会って挨拶しても、返事もしてくれない人。瀬を我が物顔で占有している人。段々カヌー人口が増えて各々の趣旨趣向のジャンルがはっきり確立されてきたのか、今は、自分達の仲間だけで常に行動している人達ばかりで、相手がコミニュケーションを求めてきても、先ず、互いの乗っている艇種を見て、自分のスタイルに合っているかどうかを判断し、心の扉の開け閉めをしている人が多いように思えるのです。

 その事を友人に話した時、こんな返事が帰ってきました。

 「俺はカヌーの他にバイクのツーリングもしているが、どの世界も同じだよ。昔は、すれ違いざまに、互いのグループ同士ハンドルから片手を一瞬離して掌を上げて挨拶を交わすのが流儀だったし、宿で一緒にでもなれば、互いにすぐ打解ける連帯感があったが、バイクツーリングが世間で流行って来ると、そう言った事をする人も段々いなくなって来ている。時代の流れで仕方の無い事かもしれないが、何とも寂しいねぇ。」と。

 別に無理して見知らぬ相手と挨拶などしなくても、欲しい情報はインターネットで集めたら事足りる、初めから気の合った仲間同士の方が余計な煩わしさやストレスを感じる事無く、のんびり気ままに楽しくカヌーができる。それが今の時代の「主流」なのかも知れません。だけど、それだけで終わってしまっては何とも味気無い話だと思うのです。

色々な価値観が共存できる環境を

 一体どんな選手に「にじますカップ」に出場して欲しいのか?と聞かれたら「誰でも」としか答えることが出来ない。そうして様々な人が参加しやすいようにと、クラス分けなどの受け皿にこだわってきた。なぜなら、私がカヌーを続けてきた理由の根底には、魅力ある人達との「出会い」があるからだと思う。

 しかし、自分のしている行為はある種の人達からは、単なる奇行にしか見えなかったらしく、ゲート設定が素人だの、運営が稚拙だの、こんな用水路で大会を催すのは恥だの…イロイロ言われてきた歴史がある。

 しかし、そんな中でも、自分は極力レース初心者達の声に耳を傾けてきたつもりだ。それは、「にじますカップとは」に書いたとおりの理由があったからだ。

 上手い人はここでなくてもまだ他のレースで活躍できるところは沢山あるだろう。でも、自分の技術の不安に打ち克ち、勇気を奮ってレースに会場に足を運んでくれた人には、今日の経験が今後のカヌーライフを左右してしまうかもしれないことを良く知っていたからだ。
 
 ある商社の人に聞いた話によると、日本におけるカヌー業界の売上規模というのは、スキー業界の「手袋」程度のシェアしか無いそうだ。
 また、地図の上には各自治体ごとの線引きがあったとしても、実際の川の流れに「境」の無いことは、カヌーに乗ってみれば良く分かる。
確かにカヌーを楽しむスタイルが様々に分かれてきたとしても、私達は川や湖という境の無い自由で雄大な自然を相手にした遊びを楽しんでいるのです。未だスキーの手袋しか一般市民に浸透していないカヌーと言うジャンルで「俺は何々派だ」と線引きをしているとするならば、何とも寂しい話では無いでしょうか?

 目指す道は違っていても、水の上に浮かぶパドラーの視線は皆平等です。にじますカップは上手いか下手かではなく楽しいか楽しくないかです。

 レース趣向の皆さん、貴方がカヌーを始めるきっかけは何だったでしょうか? 貴方は生まれた時からカヌーが上手でしたか? 目の前でゲート不通過している人やチン脱している人は、ついこの前の貴方の姿ではなかったでしょうか? だから応援してあげてください。その人を見かけたら、親しく声をかけてあげてください。その人は貴方の一生の友になるかもしれないのです。将来の貴方になるのかもしれないのです。

 普段ツーリングが中心の人も、レース上級者の技術を、これからの楽しいカヌーライフの参考にしてください。今まで以上にもっとカヌーが安全で楽しいものに変わるはずです。

 そして、ツーリング趣向の人達には是非知って頂きたい事があります。

カヌーレースが、万水川からカヌーを守る!

 数年前より明科町の隣り、豊科町〜穂高町を流れる万水川には、毎年多くのパドラーが訪れ安曇野の豊かな自然や風景を楽しんでいます。

 しかし、この川は川幅が狭いところに魚影も濃いため、パドラーと釣り人とのトラブルが決して少なくない川です。

 これは最近知った話ですが、地元漁協の会合で、万水川のカヌーを規制するか排除して欲しいという意見が出され、議論になったことがあったそうなのです。

 実際、釣りのために一級河川からカヌーを排除できるものかどうかは別として、地元釣り人達の中にはカヌーに対するアンチの感情が少なからず根付いていたのは確かな事で、これがこのまま大きな動きになれば、この地域全体のカヌーライフに大きな影響を及ぼしかねない事案でした。

 しかし、結局組合員の意見は収束せず、万水川からカヌーを規制する案はまとまりませんでした。反対する組合員がいたからです。
その組合員の何人かは明科町に住む人達でした。

 なぜ彼らは反対したのか?

 反対した一人は、昔私と犀川の河川敷で「釣りの邪魔をした」「しない」で大喧嘩をしたことのある人でした。あの時「お前達カヌーの奴等に俺達地元に住む人間の気持ちが分かってたまるか!」と言い切った人でした。

 後日、偶然にもこの方からお話を伺う幸運に恵まれたのですが、その時こんなことを仰っていました。
 「俺は以前、明科町のあやめ祭りの時に川魚を焼いて売っていた事があった。そうしたらカヌー大会に来たと言う人達がやってきて、俺の焼いた魚を買って喜んで食べてくれた。川魚なんて、もう地元の人でも喜ばないのに。それだけでなく俺の住む明科町をあいつらはとてもいいところだと褒めてくれた。俺には当たり前すぎてその価値すら忘れていたが、この町はいつも水が豊富で住んでみたいくらいだと言っていた。あの時は本当に嬉しかった。あいつ等は、レースの翌日万水川をカヌーで下るんだと楽しそうに話していた。だからあの時、漁協の会合で万水川のカヌーを規制する話が出た時、あいつ等の顔が頭に浮かんだ。万水川をカヌーで下ることが出来なくなったら、あいつ等さぞがっかりしてしまうだろう。俺のふるさとを好きだと言ってくれたカヌーの奴等に、俺は何かしてあげたかったんだよ!」と。

 私は、この時ほどにじますカップをやっていて良かったと思ったことはありませんでした。熱いものがこみ上げて来て、しばらくの間顔を上げられなかったことを今でも覚えています。

虹色のカヌー大会

 にじますカップは、見えないところにも、様々な人達の様々な思いが集まり成り立っています。
 オリンピックを目指す選手、レース常連の選手、目立ちたい選手、初参加の選手、選手の友達、選手の家族…まちづくりのためにスタッフとして大会を影で支える町の人達、カヌーが好きでスタッフとして参加している人達、間接的に大会を支えている大勢の人達、カヌーレースを見に来たお客さん、あやめ祭りを見に来たお客さん。
 それぞれの人たちが幾つもの「色」を持つとするならば、私には何色もの鮮やかな色が塗り重なって、綺麗な虹が大会会場の上空に輝いて見えるのです。

 私のしたい事は、あの虹に塗り重なっている沢山の色の意味を、一つでも多く皆さんに知っていただき、カヌーをしている、していないに係わらず、すぐにお互いが打解けあった、あの時代を再生させていきたいのです。